
居心地の良い場をつくり、人々とともに無理しないまちの未来をみつける
山口一樹
日時/2024年1月28日(日)13:00~17:00
場所/北海道大学学術交流会館 小講堂
プログラム
基調講演/小川義和(立正大学 教授・埼玉県立 川の博物館 館長)
パネリスト/五月女賢司(大阪国際大学 准教授)
尾曲香織(北海道博物館学芸員・北海道博物館協会)
志賀健司(いしかり砂丘の風資料館・北海道博物館協会 学芸職員部会)
卓彦伶(北海道大学文学研究院特任准教授)
司会/・佐々木亨(北海道大学文学研究院 特任教授)
※午前中実施したWSの参加者の発言もあり(大洞、磯崎)
佐々木
ディスカッションと質疑応答ですが、色々な論点ややりたいことがたくさんある中で、今回、志賀さんのスライドの下に「多様なネットワークで生存と進化を」というメッセージが表示されていて、とても印象に残りました。
ネットワークや連携の話を伺いながら、なぜ消滅したのか、なぜ資源が足りないのかといったマイナス面を議論することももちろん大切ですが、「いいことを評価し合って、称え合うのも悪くない」と感じました。
この時間では、パネリストの皆さんと基調講演の小川さんに、ご自身が関わっていない連携やネットワークの中で魅力を感じたものについて、それがどのような点で印象に残ったのかをお話しいただきます。そして、今後そのネットワークに期待するチャレンジや、簡単な質問でも構いませんので、自由にコメントをいただきたいと思います。
その後、会場にお越しの皆様、たとえば午前から参加されている小樽芸術村の方々や、北海道内のミュージアム関係者の方にもご発言いただければと思います。
小川
午前中の「ミュージアムと観光の新たな関わり方を考える」ワークショップがとても魅力的でした。
以前行った調査の中で、ある博物館の本間さんという方が「水族館と美術館はあまり連携しないが、SNS上では連携している」と話していました。つまり、来館者の目線から見た連携と、私たちが意識している連携とは違うのだと気づかされました。
今回のワークショップでは、「あなたにとってこの小樽芸術村はどう見えるか」といった質問がありましたが、こうした問いかけは、一般の人々が持っているミュージアムのイメージを引き出すのに有効だと感じました。
たとえば「眺める」という行為に着目したとき、水族館でも美術館でも同じような見方をしている可能性がある。こうした新しい視点は、学芸員の側からは見えにくいものですが、一般の人々から見える価値なのかもしれません。異種の館が組み合わさることで、見方の違いが響き合う。ミュージアムにとって新たなチャレンジとなり、何かを引き出す力にもなる。今後の分析が楽しみです。
佐々木
なるほど。午前中のワークショップでの「ミュージアムと観光の新たな関わり方を考える」のユニットの連携が魅力的だったということですね。
では、この話を受けて、大洞さん、お願いできますか? トヨタ産業技術記念館の館長という立場からも、ぜひご発言いただければと思います。
大洞
トヨタ産業技術記念館の大洞です。小川先生のお話にあった「異分野の館が連携すること」で思ったのは、地域の中でいろんな世代がつながっていくという強みです。うちの美術館でも取り組んでいますが、これが周囲を動かしていく原動力になるのではないかと考えています。
全国的には行政が主体になって連携を進める例が多いですが、北海道のように民間企業が拠点となっていることに大きな意義を感じます。私自身、北海道のことはあまり詳しくなくて、「石狩地方」と言われてもピンとこなかったんですが、やはりスケールが違いますよね。都道府県というより、ひとつの国のような印象です。
その広大なエリアの中で、小樽という一都市だけでなく、周辺地域を巻き込んでいく連携が可能なのではないかと、今回ワークショップに参加して改めて実感しました。これからの小樽芸術村さんの動きにとても注目しています。
佐々木
ありがとうございます。それでは、続けて磯崎さん、小川さんのご発言や大洞さんのコメントを受けて、いかがでしょうか?
磯崎
はい。小樽芸術村では、文化庁の補助を受けながら、さまざまな事業者と連携した活動を展開しています。今回のように、館の種類を問わずいろんな立場の方々と意見を交わせたのは、本当に貴重な経験でした。
普段、公立の館の方々と直接やりとりする機会はなかなかないので、外からの視点で自分たちの活動を見つめ直せたことは、改めて多くの気づきを与えてくれました。
また、これまで来館者に紙のアンケートを取ることもほとんどなかったので、今回のようなアンケート調査は非常に新鮮でありがたかったです。今後の活動にもぜひ活かしていきたいと考えています。
佐々木
ありがとうございます。私も担当教員の立場として、今回ネットアンケートの結果がすぐ集まったことには感激しました。3日間で300件もサンプルが集まり、すぐに小樽芸術村さんにファイルをお渡ししたところ、すぐ「これ、経営に活用させてください」とのご連絡をいただきました。
データがリアルに活用されていることに、私自身も大きな手応えを感じました。今後、さらに深く分析していけば、運営面にもきっと役立つのではないかと感じています。
それでは、続けて尾曲さん、お願いいたします。
尾曲
私も皆さんの事例をとても興味深く拝聴しました。その中で特に印象に残ったのが、五月女先生が紹介されていた「小さいとこサミット」のお話です。
メーリングリストが今も活発に機能していると聞いて驚きました。多くの場合、メーリングリストって次第に使われなくなる印象があるのですが、なぜ継続できているのか、どういう工夫があるのか教えていただけますか?
五月女
ありがとうございます。おそらく工夫というより、必要とされているから続いているんだと思います。
小規模館の学芸員には、相談したくても誰に聞いたらいいかわからないことがたくさんあります。仲間も少ないですし、現場で孤立している人も多い。その中でメーリングリストやサミットを通じて出会い、相談できる相手が見つかるというのが大きいのです。
例えば、兵庫県篠山市のチルドレンズミュージアムでは、屋根裏から聞こえる音が「どうもコウモリらしい」となった時、メーリングリストに相談を投稿したところ、30分以内にコウモリ博物館の学芸員から「こうしたらいいですよ」と返信が届いた、ということがありました。
このように、“仕組み”というより“気軽に助け合える関係性”が自然とできているのかなと思います。
尾曲
そういったネットワークは、LINEなどのツールに移行するのではなく、年代問わず続いているというのも面白いですね。年齢層や頻度に関係なく、自然と続いているという感じですか?
五月女
そうですね、年齢はほとんど関係ないと思います。むしろ、組織の利害とは遠いところで、純粋に「誰かに相談したい」「助けたい」という気持ちでつながっている感じがします。
佐々木
ありがとうございます。それでは、志賀さん、いかがですか?
志賀
はい、僕もその「小さいとこネット」……正式な名称がわからないのですが、自分のような小規模館にぴったりだと思いました。誰でも入れるんですか?
五月女
はい、誰でも入れます。それで今は900人を超えるネットワークになっています。
志賀
なるほど。特に「館を代表しない」という方針に感銘を受けました。役所だと“縦割り”の組織文化が強く、決裁がどうこうといった話がついてまわります。だからこそ、現場の職員が個人として動ける柔軟さがとても魅力的に映りました。
五月女
そうですね。私も「フレックスなネットワーク」だと思っています。吹田市立博物館に就職した最初の年に、小さいとこサミットを誘致して共催しました。その時は館の起案書を出して、決裁を経て実施しましたが、他の館で行われる場合は有休を取って個人で参加するなど、参加のスタイルも自由です。
飛騨で開催した際には市長や教育長まで歓迎ムードで、ホストになったら自分たちのやりやすい形で開催できるようになっています。そういった柔軟さが、このネットワークの魅力のひとつです。
佐々木
「小さいとこネット」に加入されている館の方って、この会場にいらっしゃいますか?
……あ、2人いらっしゃいますね。では、加入館としてのご意見をうかがってもよいでしょうか。持田さん、お願いできますか?
会場参加者(持田)
はい。非常に“属人的なネットワーク”だと感じています。
佐々木
持田さんの参加頻度はいかがですか?
持田
実は、まだ実際の会合には参加できていないんです。日程がなかなか合わなくて……。
でも、メーリングリストで助けられたことは何度もあります。名前のわからない資料などを、文字で説明して「これは何でしょう?」と投げかけると、すぐに答えが返ってきたりして。すごく頼りになる仲間だと実感しています。
佐々木
ありがとうございます。もうお一方、原田さんも挙手されていましたね。よろしければご所属も含めてお願いできますか?
会場参加者(原田)
大阪から来ました。堺市にある「堺アルフォンス・ミュシャ館」に勤務しています。以前は姫路市の日本玩具博物館にいましたし、大学時代は佐々木先生のゼミ生でした。
「小さいとこネット」には、学部生の時に篠山チルドレンズミュージアムの館長さんから教えていただいて加入しました。かれこれ20年以上になりますが、今は“読み専”です。
メーリングリストで「手袋が余ってるけど誰かいりませんか?」といった投稿が流れて、手を挙げる人がいて「では送りますね」というやり取りを見ていると、全国で頑張っている学芸員さんがたくさんいるんだなと励まされます。
今勤務している館はとても小さく、非常勤の学芸員しかいないので、すぐ相談できる人が近くにいません。でも、ネットワークの中には900人以上もいて、いざというときに頼れる存在がある。それはとても心強いことです。
佐々木
ありがとうございます。
では、五月女さんご自身が、今日お話に出てきたネットワークの中で、ご自身が関わっていないもので魅力を感じた事例はありますか?
五月女
私は一昨年まで吹田市立博物館、いわゆる行政直営館におりました。その経験から、志賀さんのご発表にあった「館ネット」の取り組みが非常に印象に残りました。
名前もユニークで、「物好きネット」や「大人の自由研究」など、博物館らしい“モノ”を起点としたネーミングがとても面白かったです。
図書館や公民館など、“館”のつく施設が連携することで、たとえばイベントが重ならないように調整したり、地域の中でお互いの役割を補い合うような動きができるのだと感じました。
私の吹田時代には、学芸員は一方的に「話ができる人」として公民館などに“使われる”ことが多く、対等な連携とは言いにくいものでした。
その点、石狩の事例は、現場の職員どうしが本当にフラットに連携していて、とても素敵な取り組みだと思いました。
志賀
ありがとうございます。実は「館ネット」という取り組みのきっかけは、社会教育系の部長からの提案だったんです。その方がもともと社会教育主事出身で、「専門職どうし、もっと交流していったらいいんじゃないか」と。
ただ、現場は役所から10キロも離れていて、顔を合わせる機会が少ない。だからこそ、社会教育主事と学芸員レベルで、横のつながりを築くことが重要だったんです。
五月女
それは素晴らしいですね。私の経験だと、連携といいつつ、学芸員が一方的に“提供する側”になってしまうことが多かったので、「本当の意味での連携」ができている印象を受けました。とても参考になります。ありがとうございました。
卓
私は、石狩の図書館との連携事例に強く惹かれました。社会教育施設どうしの連携って理屈では理解できるのですが、実行に移すのは難しい印象があります。そこで、公民館の役割についてもう少しお聞きしたいです。
志賀
はい、公民館は4館あって、それぞれに社会教育主事が配置されています。立ち位置は少し難しいのですが、図書館が「本」、博物館が「モノ」、植物センターが「自然」だとしたら、公民館は「人」を扱う場だと思っています。
人と人とを結びつける社会教育のマネージャー、あるいはプロデューサー的な存在ですね。ネットワーク全体をフォローする役割が期待されていると感じています。
佐々木
林さんからチャットにコメントをいただいていました。林さんは大きい館の所属ですが小さいとこネットに加入されていると。
林
大きな館の職員であっても学べることは本当にたくさんあります。今この場にいる皆さんにも、ぜひ加入をおすすめしたいです。
今日のお話で印象に残ったのは、石狩の事例ですね。まったく分野の異なる施設が、地域の中で当たり前のように連携している。それが非常に重要だと感じました。
日本ではどうしても「美術館は美術館」「博物館は博物館」といった縦割り構造にとらわれがちです。でも、地域の人々は複数の施設を自由に回遊して活用しているわけですから、もっと柔軟に連携すべきです。
市とか県といった行政の区分にもこだわりすぎているように思います。それは本当にもったいないことです。
佐々木
それでは、フロアからも1~2名、コメントいただければと思います。山崎さん、お願いします。
会場参加者(山崎)
札幌市博物館活動センターで学芸員をしております山崎です。小川先生の発表で出てきた「緩い連携」というキーワードが印象に残りました。
私もかつて「石狩自然史研究会」で志賀さんたちと活動していたのですが、こういった緩やかなつながりが、その後の仕事にも生きています。
ただ、そういった緩い連携が、活動停止や消滅に至ることも少なくありません。うまく継続させていくために、どんな工夫があるのでしょうか? 登壇者の皆さんにぜひうかがいたいです。
志賀
うーん……正直に言えば、僕もわかりません。でも、緩くつながっているからこそ、またどこかで誰かが拾ってくれる。そんな形でもいいのではないかと思います。
佐々木
その「緩く残す」という考え方、とても大事ですね。たとえ一度終わっても、誰かがまた再始動するかもしれない。小川さん、どうでしょう?
小川
私がイメージしている「緩い連携」は、“制度化されすぎないこと”が大切だという前提に立っています。制度化は安心感を与えますが、一方で硬直化する危険もあります。
ネットワークを維持すること自体が目的になってしまうと、本来の目的から外れてしまう。そうではなく、「何のためにネットワークを組んでいるのか」という文脈を常に意識することが重要です。
必要がなくなれば解散してもいい。新しい課題が生まれれば、また別のネットワークを作ればいい。それくらいの柔軟さがあるほうが、かえって強い連携になると私は考えています。
五月女
私も同感です。小規模ミュージアムネットワークの世話人たちは、本当に楽しんでやっています。もう“死ぬまで付き合える仲間”だと思ってます。
文化庁の表彰もいただきましたが、やめたくなったらやめればいい。必要になったらまたやればいい。それくらいの気軽さで続けています。
佐々木
では、最後に会場からもう一人……鈴木さん、お願いします。
会場参加者(鈴木)
国際基督教大学の4年生、鈴木と申します。志賀さんのご発表で触れられていた「オンライン教材」に関心があります。詳しく伺えますか?
志賀
はい。これは、鮭や海獣、あるいは石狩海岸といったテーマごとに、子どもたちがタブレットを使って学べる教材です。
たとえば、生物を画面上でドラッグして「これはどこに生息している?」と当てるようなインタラクティブな設計になっています。実物には触れられないけれども、“触って動かす”感覚を大事にして作っています。
佐々木
それは北大の総合博物館で開発されたんですよね? 大原先生、補足お願いします。
大原
はい。海の博物館の助成金を得て、札幌市立大学のデザイン科の学生がデザインを担当し、北大の技術スタッフが制作しました。タブレット教材としては、コロナ禍でとてもニーズが高まりました。
佐々木
ありがとうございます。では、そろそろ時間ですので、最後に今村先生、お願いいたします。
今村
ご登壇の皆様、そしてご参加くださった皆様、本当にありがとうございました。
今回のディスカッションで改めて感じたのは、ネットワークが形成されるときに基礎的な土台となる共通の価値観を共有しているのではないかということです。その1つは恐らく「サイエンス」だと思うんですよね。サイエンスの前で、小さい館も大きい館もなくて、みんな平等だということです。つまり私たちの学芸員の専門性とみたいなところが、土台の1つとしてあるのかなと。
もう1つは、「ヒューマン」なのではないか。結局、人間の価値観、幸せとは何かとか、どうすれば人間らしく生きて死んでいくことができるのか、といったことを考えた時に、小さな館も大きな館も、地域も立場も超えて連携できるのだと思います。
私たち文学部の英文名は「School of Humanities and Human Sciences」、つまり文学部はヒューマンサイエンスなんです。この2年間、そういう視点からミュージアムと向き合ってきました。
議論はまだ収束していませんが、だからこそ、次年度以降につながっていく。それこそが大きな成果だと思います。ありがとうございました。
佐々木
それでは、これでシンポジウムを終了いたします。長時間のご参加、ありがとうございました。
文字起こし・編集:
森沙耶・岩瀬峰代(株式会社サイバコ)